夫婦関係は、当時の新鮮な思想的暴風の中心事件のようであったが、特に矢代には、見逃しがたい苦痛な典型的な一点のように見えた。信長が光秀に殺された天正十年の五月のころには、光秀の娘の細川ガラシヤは二十歳ごろで、婦人なら花の盛りとも云うべき年ごろだったのも、千鶴子に似ていた。しかも、このガラシヤと忠興との結婚の仲人を自ら申し出たのが信長なのも、矢代には興味を感じることであった。またその光秀が自分の娘と忠興が結婚してから二三年目に、娘の仲人であり、自分を成長せしめた主の信長を殺したという悲劇には、必ず人人には計り知られぬ光秀の苦痛が潜んでいるにちがいないと思った。その苦痛の分らぬ限りは歴史を動かす精力というものも、容易に解せられぬ何ものかであろうと彼には思われるのだった。――このような感想ならずとも、今の矢代にとって、日本の歴史の中でもっとも興味を感じる部分は、自然とこの彼の先祖の滅んだ戦国時代であり、またその時代を代表する信長、光秀、秀吉の三人物の好奇心の動きであった。そしてこれら三人物がそれぞれ一番興味を感じもし、また悩まされたのは、揃いも揃ってカソリックという西洋を形造った異元素だったと
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