そのまま、こちらでまで出来ないし、そんなこと、僕はもうパリでお別れのとき云った筈ですが、ところが、あのときはこんなにまで向うとこちらが違うものだとは思わなかったので、ついそこが失礼することになったのですよ。」
「そうそう、そういうことがあるなア。僕もあった。」
と聞いてはいないと思った由吉が横からひとり頷いた。
「そんなものかしら。」
千鶴子は声を落して急に黙って考え込んだ。
「そうなんですよ。それだけですよ。」
「それにしてもだわ。」
「いや、いや、あなたの間違いさ。面白うてやがて悲しき鵜舟かな。」
話の継ぎ穂もなくばらばらに砕けてしまった静まりの中で、矢代は、当然いつか一度は来なければならなかった失望を、塩野のおかげで早くすませただけだと思い、逆に不思議と元気にもなるのだった。実際パリで別れる前に、予め千鶴子に云うだけ云った用心の後、予想よりも大きくやって来たこの夜の失望に、却って彼はその大きさだけ元気を恢復したといっても良い、奇妙な安定を得たように思った。西洋を旅しているときは、別に何事もなかったとはいえ、何しろ青年にとっては、そのことだけで誰しも生れて以来の大事件であった
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