代は久慈と歩いているとき、千鶴子がいよいよロンドンから来ると告げられたのである。久慈と矢代は今までとて船中の客の話をどちらからもよくしかけて懐しがったが、千鶴子の話だけはどういうものかあまり触れ合わないように心掛けるのだった。沖や医者や真紀子などから来る便りは明らさまに話す久慈だのに、千鶴子のことだけ話さぬ久慈の気持ちを矢代は想像すると、アンリエットとの間にもうこれで何事か進行しているものがあるのではなかろうかと思ったりした。
「千鶴子さんが来たら、宿をどこにしたものだろう。」
ロンドンから千鶴子がいよいよ来るというときに、こういう心配を久慈が矢代にもらすのも、勿論そこにアンリエットの影のあるのを矢代は感じた。彼はいつもに似合わず沈み込んでいる久慈を見て云ってみた。
「君が千鶴子さんの世話をするのが困るなら、僕がしたってかまわないよ。」
「そうか、迷惑じゃなかったら君に頼みたいね。僕は千鶴子さんと別にどうと云ったわけじゃないんだが、船の中であんなに親切にしておいて、今になってがらりと手を変えるようじゃ、あんまり失礼だからね。」
久慈は急に気軽くなった調子で矢代を見た。
「君がいいん
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