頭に沁み入って来たといって良い。彼は一人セーヌ河の一銭蒸気に乗って河を下って見た。またバンセンヌの森へも行き、サンジェルマンの城にも出かけた。モンモランシイやフォンテンブロウの森などとパリの郊外遠くまで出かけてもいった。一度パリからこのように外へ出かけ、そうしてパリへ戻って来る度びに、この古い仏閣のような街の隅隅から今までかすかに光りをあげていたものが次第に光度を増して来るのだった。
こうして、矢代は今までぐらぐらと煮え返っていたような頭の中の動きが、街の形に応じて静まるのもまた感じた。さまざまな疑問は疑問として彼は解決を急ごうとはしなくなって来た。急いだところで分らぬものは分らぬのだった。彼の信じることの出来るものは、先ず今は自分の中の日本人よりないと思ったからである。しかし、もしこんなことを、うっかりと日本人に向って云えば、ここにいる日本人たちはどんなに怒るかとその嘲笑のさままでが眼に見えたが、眼に見えようとどうしようと、日本と外国の違いの甚だしさははっきりとこの眼で見たのだ。誰から何を云われようとも自分のことは失わぬぞと矢代は肚を決めてかかるのだった。
こんな日のある午後、矢
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