うと、風の消えた湿った裏小路に踏みつけられた紙屑も、はッと眼差を合せたものの歓びに似て見えたりした。
実際一つ一つのものが今の矢代には意味があった。そうしておでん屋の前まで来たとき、彼は何げなく敷居を跨ごうとした足を思わずまた引っ込めた。入口の敷居の土の上に、一握りの盛り塩が円錐形の姿を崩さず、鮮やかな形で眼についたからだった。「おや、こんなものがあったのだ。」と彼は思った。いつも人に跨がれ、踏みつけられたりしていたその塩であった。それが闇の中から、不意に合掌した祈りの姿で迎えてくれていたのだ。物いわないその清楚な慰めには、初めて彼も長途の旅を終えた感動を覚えた。彼は襟を正して黙礼しつつ敷居を跨いだ。跨ぐズボンの股間から純白のいぶきが胸に噴き上り、粛然とした慎しみで、矢代は鼻孔が頭の頂きまで澄み透るように感じた。彼は思いがけないこの清めに体中のねばりが溶け流れた。彼は中へ這入ってから、杉の板壁に背をよせかけても、それからはもう、杉の柾目が神殿の木目に顕われた歳月の厳しさや、和らぎに見えるのだった。人は知らず、これはただならぬ国へ帰って来たものだと、彼は暫く親しい主婦に銚子も頼めなかっ
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