に投げ出す気持ちの底から、暫く忘れていた千鶴子のことが頭をかすめ通って来るのだった。
銀座裏で車を捨て矢代はひとり寿司屋を目あてに歩いた。通りや街の高い建物の迫りがまったくなかった。打ち水に濡れている暗い裏街をぬけて行く間も、彼はただ食い物を追うだけの自分を感じた。団十郎好みの褐色の暖簾の下った寿司屋へ入り、矢代は庭の隅の方に腰かけると、漆塗の黒い寿司台に電球の傘が映っていた。ジャパンという英語は漆という意味だということを、ふと矢代は思い出した。そして、黒塗に映えた鮪の鮮やかな濡れ色から視線が離れず、テーブルに凭れて初めて、彼はいつも一番舌の上に乗せたかったのは、この色だったと思った。
鮪が出たとき、彼は箸でとるより指で摘んでみたくなつてつづけて幾つも口に入れてまた皿を変えた。身体の底に重く溜ってゆく寿司の量が、争われず自分の肉となり、血となる確かな腹応えを感じさせた。下を見るとここにも、靴まで濡れそうな打ち水がしてあった。「ははア、水だな。」と彼は云った。
内庭に清水を撒く国は日本以外に見られなかったのを彼は思い出した。そして、山から谷から流れ出る、豊かな水の拭き潔めてゆくその
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