ていた自分に気がついて初めて笑った。
「あなた、暑くないの。合服なんか着て。」
 矢代を見てそう云う母に、「何んだかもう分らないですよ。」と云いながら、彼は、春夏秋冬といってもどこのもそれぞれ違うのだと思ったり、東京よりもどこより先ず帰れば温泉へ行きたいと、パリで友人らと話したことを思い出したりした。しかし、こうして帰ってみれば、やはりどこより彼は東京が懐しかった。東京のどんな所が面白いのか分らなかったが、この地が間違いなく東京だと思うことで、彼は心が落ちつけるのだった。車が帝国ホテルの前まで来たとき、父は、
「洋行から帰ると、その晩はホテルへ泊る方が良いと人はいうが、お前すぐ家へ帰っても良いのか。」と訊ねた。
 洋行と父に云われると、矢代は突然身の縮むような羞しさを覚えた。
「洋行なんて――そんな大げさなものじゃなかったなア、僕のは。」
 矢代は一寸黙った。何を云おうとも、今は意味など出しようがないことばかりのように思われた。何か悲しくもあれば嬉しくもあり、どちらへ転げようとも同じな、ただ軽るがるとした気持ちだった。
「洋行というのはお父さん、あれは明治時代に云ったことですよ。」
 
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