もナシオンへの行進をすませて崩れて来たものにちがいなかったが、どの車も坂を進もうにも進まれず、みな道路の中央で停ってしまった。すると、群衆の真先にいた盛装した銀狐の婦人が拳をふり上げ、自動車から降りて来た左翼の若者たちの群中へただ一人で跳り込んだ。つづいてその後から、紳士や淑女ばかりの一団の群衆が襲いかかった。踏み台に二三の男の飛び上る姿がちらっと見えると、またたく間に引き摺り降ろされて群衆の中へ沈んだ。踏む、蹴る、殴る――そこの一点の得も云われぬ綺羅びやかな特種な乱れの重なった人波の中で、じっと動かぬエナメル色の黒黒と光った自動車の窓ガラスが、見る間に血で真っ赤に染って来た。
あ奴が怪しいと思うと、その者が右翼であろうと左翼であろうと、もう群衆には見境いがつかなかった。「そら、あれだ。」と一人が云うとどっとまたその方へ襲いかかる。あちらへ揺れこちらへ爆けしている中へ、好んでそこへ飛び込んで来る左翼の群れの数もだんだんに増して来た。矢代の方から久慈の姿はよく見えなかったが、殴りつけられ横ざまになりつつも、まだシャッタを切っている塩野の眼鏡だけ、ときどき青く飛び上るように光った。
矢
前へ
次へ
全1170ページ中508ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング