トを持っていると、その日一日は、どこへでも這入って行ける便利があり、前から久慈や矢代の頼んであったものだった。駆り出しの委員らの自動車はまた次ぎ次ぎに叫びながら馳けて来た。特派員たちは種材を集めに散っていったが、矢代は久慈の来るまで動けなかったので、塩野らに先にバスティユへ行ってもらうことにして、落ち合う所をサンゼリゼのトリオンフに定めた。
 テラスが急に空虚になってから矢代はひとりコーヒーを飲んでいた。外から戻って来た外人の話では、グランブルヴァールからナシオンの広場の方へ行進しつつある群衆の数は、およそ五十万ほどだとのことだった。
 あたりの街の人人は、行進を見に行っているのかどこにも人影がなかった。通りの街角に造られた踊り場も、櫓の脚の木材だけ新しく石の間に目立たせたまま、一人の人も寄りついていなかった。石の古い空虚な街がかすかな傾きを明瞭に泛べている真上に、日のあかあかと輝いているのは、落ちている蝉の脱殻を手にしたときのような、軽い頓馬な愁いをふと矢代に感じさせた。間もなく、久慈は枕を脱したらしい膨れぼったい眼でその剽軽な通りを歩いて来た。
「いやに閑静だね。」
 矢代の傍へ腰
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