そうね。」
 真紀子は久慈のテーブルで手紙を書きながらうつろな返事だった。久慈はワイシャツを着替えると剃刀の刃を革にあて、一寸真紀子の首の延びた初毛を見てから顔を剃った。日光の射している右半面の石鹸を剃ぎとる傍ら、彼は出来事の起ってしまったことは今さら何を云おうと無駄だと、あるおだやかな観念に浸ろうとするのだった。
 男女が窮極にしてしまうことを、まったく前後も考えることなく行ってしまったこの朝の日光を尊く久慈は思い、不平も何もない一刻だったが、これを千鶴子に知らせて良いかどうかとちらっと一度は彼も考えた。
 恐らく千鶴子と矢代は自分と真紀子の行ってしまったようなことさえ、未来のこととして旅の気持ちをつづけているのにちがいあるまい。昨日の朝はここのこの鏡に千鶴子は顔を映し、
「それで、どうなさるおつもり?」
 と自分に真紀子のことを訊ねたのを久慈は思い出したりしたが、昨日と変ったこの一大変化が特別変った気持ちも起させず、むしろ平凡に静かなのが彼には物足りぬほどだった。
 食事をすませてから久慈は真紀子と銀行へ金を取り出しに行って、帰途チュイレリイの画館へセザンヌの展覧会を観にいった。画
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