て来ると懐しかった。彼は蹲み込んだまま犬の下顎を撫でて、
「おい、こら。何んというんだ。」
 と日本語で云った。犬は黙って首を膝へ擦りよせて舐め上ろうとするのを、彼は顔をひきつつまた同じことをフランス語で云ってみた。筋骨の見える痩せたセッタアは両足を腕にかけ眼を光らせ、日向臭い毛並みを垂れて彼を見詰めていた。前脚の蹠がぷよッと冷たく手の甲に感じるただ一疋の生物である。視界に肉眼と云えばそれよりない眼の光りに久慈も犬の首を強く抱き締めた。腕の中に皮膚をそのままにさせながらも、骨骼だけ彼の方へ延び上ろうとする犬の動きを感じると、久慈もだんだん感動を覚えなかなか放れることが出来なくなった。
「お前、毎晩ここへ来なさい。そうすると俺も来るよ。」
 久慈はそう云って頭を撫でているうちにふと千鶴子のことを思い出した。行く手の鋪道を集めている広場から左に折れた所に千鶴子のホテルがあった。彼は通りから見えるその部屋の窓の下まで行きたくなってその方へ歩いていったが、犬も暫く後からついて来た。
「もう帰れよ。また明日明日。」
 久慈は振り返り振り返りして犬から遠ざかった。しかし、今夜に限りどうして千鶴子の
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