真紀子は云い捨てるようにして立ち、バスルームのドアを一寸開けて見た。そして、久慈の後ろに廻ってから寝台の上へ上衣を脱ぎ、
「ちょっと失礼しましてよ。ここの中で衣物脱げないの。暫くこちらを見ないでね。」
 と云いつつシュミーズのままバスルームへ這入っていった。今まで気づかずにいたのに真紀子にそう云われて、初めて匂って来る空気に久慈のいろいろの考えも朧ろに途絶えてしまった。花瓶にさしてある薔薇のあたりから、身動きするごとにかすかに匂いを嗅ぐのも今に限ったことではなかったが、この夜は特に、何かの約束を強いられているように強く真紀子の匂いを久慈は感じるのだった。
「分らなくなったところへ、これか。」
 とこう久慈は呟いて笑った。しかし、そのとき同時に、彼は何もかも分らなくなったとてどこ一つ困ってもいない自分に気がついた。
「そうだ、分らなくたって、何も困らんというのは、これやいったい何んだ。何かここになければならぬじゃないか。そんなら、そ奴はいったい何ものだ。」
 がちりと頭の中で石が音を立てたように久慈の表情は無くなった。
「自分を失ったの、それは困るわね。」
 とこう云い捨てて浴室へ這入っ
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