ぼろ崩れ落ちた。またそこは高い上の方に、小さな空気抜きの穴がところどころにあるきりなので一層暗かった。石壁を手と足とで擦り上らねばならぬ。
「しまったな。懐中電灯忘れるなんて、しまった。」
 とまだそんなに口惜しがっている塩野の声が、もうよほど上の方でする。真暗なうえに真紀子を曳いて昇らねばならぬから、久慈は息苦しさにときどき立ち停った。東野は俳句の種を探しているのか、前から黙黙として一言も物を云わず、厭そうな顔をしているだけだった。空気抜きからかすかに光りの射し込んで来るところは、互の顔もおぼろに見別けられたが、暗くなって来ると真紀子は、
「恐いわ、恐いわ。」
 と云って久慈から放れなかった。手探りで廻り昇るため方向の変り日毎に二人は突き衝ってばかりいた。石の古さの発散させる強烈な酸性の臭いに充ちた闇の中では、うっすらと汗を含んで蠢めく真紀子の体の温みは、死を貫きのぼって来る生き物の真っ赤な美しさに感じられた。
「どこまで昇ったらいいんだ。まだか。」
 と久慈は上を仰いで塩野に訊ねた。そんなに訊ねている間にも真紀子と久慈の昇る力が喰い違った。二人が蹌踉めいて壁に衝きあたるときにも、脆
前へ 次へ
全1170ページ中379ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング