に、あなた忘れたのと云うたというのです。もうみんな、頭が妙な風になっとりますよ。不良のどうのと云ったところで、不良ならまだ良い方じゃ。この青年は二十五六で、まア日本人の五十か六十の男の経験をしてしまっとるですな。あのまま人間が五十か六十になったら、そら恐ろしいことになりますぜ。」
 度の強い眼鏡の底から光る沖の話に聞き手たちは笑ったり黙ったりしているうちに、次第に身動き出来ぬ世界の中へ頭を落し込んでいって暫く何も云わなかった。
「そうすると、僕らは強味だ。まだ若いぞ。」
 と久慈は思いの底を蹴りつけて吠え上るように云った。
「そうそう。あなた方はまだ若い。わたしはもうそれが何より羨ましい。」
 印度洋の中ごろで夜毎に若者たちを悩ました沖の青春時代の思い出談の落ちが、今ごろパリのここで、こんなに淋しく終りを告げたのかと思うと、久慈は沖に代り腕を撫す気持ちで自分の中に鳴る若さを頼母しく感じた。
「じゃ沖さん。御遠慮なく明日はノルマンデイで帰って下さい。後は僕たち青年が引受けますよ。」
「君たちが二世になってくれるか、じゃ乾杯、健康を祝します。」
 コップを上げると沖に皆はまた楽しく笑った。
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