云った。
「やア、これはこれは、御無事で何よりでした。」
「今さきも云ってたところですが、老人で西洋へなんか来るもんじゃありませんよ。もうわたしゃ、馬鹿にされて、馬鹿にされて。ひとつ帰ったら、うんとやってやろうと思うてます。何んじゃこんなもの。土産一つ買おう思うても、うっかり珍らし思うて手を出すと、日本品や。いやはや、なっとらんですな。」
と沖はまたしても大声で誰はばからず云った。他の客はいつまで待っても来ない料理に腹立てボーイを呼ぶと、僅か一本のビールを持って来ただけだったが、それも隣室の人目を忍ぶ風に布の下に隠して持って来た。日本の客たちは怒って出て行くものもあった。ボーイが漸く皿を少しずつ運び始めたとき、隣室の中国人の中から呶鳴るものがあった。
「もうこのごろの世界は、どこでも女に焚きつけられとる。うアはッはッは。」
と今まであまり隣室の方へは注意しなそうに見えていた沖も、癇に触れたらしくそう云って笑ってから、突然ボーイを睨めつけ日ごろの社長の権幕で、「おい、ボーイ、来んか。」と、去りかけたボーイを呼んだ。しかしボーイは振り向きもしなかった。「ボーイ。ボーイ。こらッ。」
と
前へ
次へ
全1170ページ中253ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング