いる錆あとが、血のように眼に滲みつく。それが顔を上げる度びうるさく前に立ちはだかって来て放れなくなると、久慈は椅子ごと真紀子の方へ向き変った。真紀子の黒い服の襟から覗いている臙脂のマフラが救いのように柔い。
「これからセーヌ河へ行こう。君は用事があるなら夕飯を八時として、サン・ミシェルの支那飯店で待つことにしょうじゃないか。まさか毒も入れまいだろう。」
 こう云う約束で久慈と矢代は別れてから、久慈は真紀子と二人でセーヌ河の方へ行くバスに乗った。


 八時になって久慈は疲れた身体で矢代と約束の支那飯店へ行った。二階は二間に別れていて大きな窓をへだて、どちらからもよく見えた。小さな八畳ほどの部屋には日本人が主だったが、大きな二十畳ほどの部屋の方には中国人の客が多かった。日華の戦争の始まったニュースの大きく出た日のこととて、中国の客の視線は一様に薄青い光で反撥し、眉間による皺が漣のようにホールの中を走った。ボーイも中国人だから大部屋への遠慮もあると見え、卓を叩いて呼んでもなかなか日本人の部屋へ這入って来なかった。本国が戦争だという日に、敵国の人間が乗り込んで来たということは、自分の城に侵入
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