で読みますか。」
 と訊ねた。それは李の書いたものと見え、唐朝人、雀、と作者の最後の名が分らぬらしい風で、画家の好きそうな美しい詩が書きつけてあった。
[#ここから2字下げ]
去年今日此門中
人面桃花相映紅
人面不知何所処
桃花依旧笑春風
[#ここで字下げ終わり]
 唐詩を日本読みに返って読んでいる矢代の傍から、久慈も何気なく窺いてみると、人の臭いのもう無くなってしまった門の中で、桃の花だけにたりと笑っている虚無的な風景が泛んで来た。日華の戦争が始まったという最中に、李はこんなことを考えていたのだろうかと、久慈は今自分の考えていたこととの遠さを思いくらべてみるのだった。
「中国人というのはこのパリを見ていても、みな人間の死んでしまった跡の空虚《から》ばかりが眼につくんだね。また後へどこの馬の骨かしら這入って来るだろうぐらいに思ってるんじゃないか。」
 ドイツの青年が李の傍へ戻った後で久慈は矢代に云った。
「そうも思わないだろう。そんなことを思っては楽しんでいるだけだよ。人間が空虚になってるところばかり美しく見えるのなら、ここから日本を想像してみなさい。人が一人もいないように見えるじゃな
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