って、胸躍らせて来てみたのに、左翼と右翼の喧嘩以外に、まだ僕には見つからん。ああそれがあれば――」
と矢代は云って急に地下鉄の階段の真ん中で立ち停ると、
「これや、炭酸ガスばかりじゃないか。」と突然叫ぶように云った。東野は天井を仰いで立ちはだかっている矢代の袖を引きながら、
「まア良かろう。行こう行こう。人間は見るだけは見とくもんだ。」と云いつつメトロに乗った。
「モンマルトルで一つ、軽機関銃で撃ち合いするところを見よう。」
久慈が二人の先に立って座席を探しているとき車は動き出した。
メトロを出たモンマルトルの一帯は、薄靄の底でゆるく傾き流れた光りの海に見えた。立ち連んだ遊び場もモンパルナスとは違いここは古風な潤おいを湛えている。三人は街の賑いから放れて頂きの方へ高まる坂路を登っていった。陶器のような割石を詰め並べた道路も凸凹のままによく辷った。青い瓦斯灯の軒から出ている屈曲した坂路には、もう人通りは誰もなかった。ときどき接吻したまま立木のようにいつまでも動かない黒い人影の傍を通る度びに、ぴたりと三人は話をやめた。
「西条八十という詩人があるでしょう。あの人はここを夜一人歩い
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