大衆の方が、正しいということの方が、随分多くなって来ているこのごろですよ。」
「間違いでも正しいとしとかなくちゃならんか。」
と久慈はいまいましそうに云って俯向いて笑った。云うだけ云った東野はもうこのときから久慈の言葉も聞えない様子だった。彼の前から見ていた眼の異様に青い美しい婦人は、文士の主人がその傍にいるにも拘らず、出版屋の頭の禿げた片眼の男に強く抱きかかえられていたからだった。美男子の主人は、妻がだんだん強く片眼に擦りよられ嬉しげにくつくつ笑っているのを、さも得意らしい薄髯顔で見ぬふりを保ちながら、平然と横の客と英語で左翼の話を闘わしていた。
そのとき、入口からあちこち見廻しつつ日に焦げた矢代が這入って来た。彼は久慈を見つけるとよって来て軽く肩を打った。
「やア、いつ帰った?」
「今だ。」矢代は久慈の横に腰を降ろし、久し振りの食事場を懐しそうに天井まで眺め始めた。
「しかし、東野さん。」とまた久慈は眼の青い婦人の動作を熱心に見詰めている東野に云った。
「僕らは日本に帰ってからの自分について考えるよりもですね、もうこれから永久にここにいるんだと思って、自分のことを考える方が、こ
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