、パリの上流のサロンに出入している人物は、人前でも塩野のような流儀の挨拶をするのが習慣であろうと思った。
「それでは、お待ちしてますから、夕暮の六時ですよ。」
 と塩野はまた念を押した。事実、この塩野は学界の名門の一人息子であったが、質の良い貴族の品位を想わせる目鼻立に、明朗率直で親切な性格がどこともなく噴き現れている青年だった。矢代は東野や大石などの話す言葉を聞いていると、塩野は写真学校の教授で、パリで開いた彼の個人展覧会も、パリの写真専門家の間では、なかなか好評だったらしい様子であった。間もなく一同の話は著いた当時のそれぞれの困った話に移っていった。
「僕は一度こんな所を見ましたよ。」今まで黙って一言も云わなかった東野は云った。
「それもここのカフェーですがね。丁度、僕は久慈さんの坐っているそこにいたのですよ。他に日本人も三人いましたが、隣のテーブルに、印度支那の安南人が四人ほど塊っていましてね。そこへ、ある外人が三人ほど這入って来て、坐ろうとすると椅子がいっぱいで、どこにも坐れないんです。そうしたところが、その男はボーイに、
『ここにいる東洋人を、皆追い出してくれ、その分の金は払
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