と経の三字が共通に使用されているのも、これも彼の初めて知ったことの一つだった。
栗の木の多いのに松の花粉が流れて来た。谷間の窪みに満ち溜った花粉の一端が、黄色な霧のように墓地の上を越し、山の斜面に沿いなだれたまま動かなかった。
老人の群がら燻り出した線香の煙が栗の幹のまわりで輪を解いていた。矢代は父の骨を箱ごと掘られた穴の底に入れた。白木の上へ振りかける初めの土の冷たさは、父の額へ落す宝のような重みで、暫く湿った斑点を彼は貴く見ていたが、傍から老人たちの手伝ってくれる迅さに、見る間に沈んでゆく箱に対いただ彼は土のままの手を合せた。それから順次に視線を墓地の各碑面の上に巡らせてゆくのにも、宜敷く新参の父を依頼する意をこめ礼拝していくのだった。
やがて戒名の白木も建ったその前で誦経も終ると、一同は墓地を下った。
「あんたさん、お嫁さんはまだおもらいでないのですか。」
浄瑠璃の老婆は突然後から矢代に訊ねた。
「まだ、独りですが――」
彼はそう答えるにも、結納をすませて京都に待たせてある千鶴子のことをいま嫁と呼ぶべきかどうかあやふやな感じがした。それにしても、故郷に戻った刺戟のためか
前へ
次へ
全1170ページ中1091ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング