、今も残っている唯一の古寺であった。
「和尚さん今日は御在宅でしようか。」
 矢代の問いかける間もなく、急に表情を沈めた主婦は、揃えた手もとへ視線を落した。
「それが今日は命日でございまして、――あの去年主人が亡くなったんでございますよ。それでお客が今、奥に来ていて下さいますので、ごたごたいたしておりまして。」
「御命日ですか、今日は。」
 ここの和尚も矢代は見たことがなかった。主のない寺へあらためて挨拶するのにも、日の射している座敷の隅隅から、彼は自然にまだ見ぬその人を感じたい注意になった。客を両手にひかえた多忙な主婦は、中腰に奥の間へ消えたその後から、まだ中学を出たばかりの青年が一人出て来た。黒い僧服の下からきりりと締った白衣の裾の見える姿で悧発な眼鼻立ちも美しかったが、矢代への挨拶も固苦しく、押し黙ったままひょこりとお辞儀をするだけだった。
「この子が今の代になりましたので、どうぞ宜敷くお願いいたします。」
 黙り通している子の傍から母親は紹介をかね、そう云い添えて、矢代をまた奥の間へ導かせた。
 先客は二人でいずれも僧服を纏っていた。躑躅の花の攻めよせ合った奥庭を背にして、一人
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