らにとっては、ただの偶然事だということだけでも、一つの点になるのです。何ぜかと云いますとね。」
と槙三は矢代の方に向き変って来ると、曖昧さを赦さぬ青年らしい活き活きした眼もとで云った。
「僕の今、一番に困っていることは、数学の公理というものは、どこを信じていいかということなんですよ。例えば、平面上の三角形の内角の和は二直角なりという公理と、球面上の同じ三魚形の和はそうではないといった公理とか、また、二つの平行線は相交らぬという公理が、無限の向うでは相交る公理になるとか、そういう風な数学上の根本の公理が、一つが正しければ他は不正だという風に、公理ではなくなって来ている場合のことに関して来ると、非常にもう困るのです。そうすると、やはりどうしても、僕はもう信仰を持たなくちゃおれないのですよ。僕は一番単純な公理を信仰しようと決心しました。それは伊勢でですが。」
単刀直入といいたい明快さで、槙三はそう真理の問題に関して云った。矢代は膝の上の骨箱のことも忘れた。まことに一つの公理が二つになるという単一性の分裂に際して、その一方を決意しなければおられぬ数学者の行動には、今まで矢代の聞かない新鮮な
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