たのだからね、お祭りぐらいはしたくなるよ。」
東野はそう云ってからフォークに突き刺した海老の顔を、何ぜだかすぐ食べようとせず愛らしそうに暫くじっと眺めていた。
「この道や行く人なくて秋の暮だ。」と遊部は不興げにひとりにたにた笑った。
東野は隣りのその遊部に何事か云いかけようとしたとき、エレベーターから顕れた久木男爵が、ボーイに案内されて彼の方へ近よって来た。
「わたしは郵船へ電話してみたところが、入港が遅れそうだというので、つい藤沢で閑をとりすぎました。しかし、多分こちらだろうと見当をつけてみたところが、やっぱり当った。まア、御無事で何よりでした。御苦労さま。」
大実業家というよりも芸術家に見える、久木男爵はこう東野に挨拶をしてから、食卓の周囲の顔を見廻した。そして「やア、これはこれは、どなたもお揃いですね。」と云って、矢代にもへだてのとれた情愛の籠った眼を向けた。
一同の話題はそれから再びなごやかな風に変って来た。食事も横浜の支社ですませて来たと云う久木男爵は、葡萄酒だけ少量唇につけ、黙っている婦人たちの方へ笑いを誘う軽い巧みな話題を向けるのだった。一番年長者だけに万遍なく食卓の両側に気をつけた細やかさで、この富豪の常の気苦労もよく感じられる自在な表情だった。
しかし、矢代はもうこのときから、いつもの自分ではなくなるように思った。それは自然に父の死を思い出したからだったが、――父の死の直前、久木男爵に自分が会ったということが、父の死の原因になったと思っている矢先だった。またそれは男爵に悪意を持つことでもなく、むしろ善意に解した場合、一層その度を強める性質のことにも拘らず、何んとなく矢代は、眼前に当の男爵がいるだけで今までの彼ではなくなるのだった。
「久木さんはお幾つだ。」
こう矢代に訊ねたときの父の嬉しそうな眼もと、彼に銚子をさし傾けてくれた謙虚な気持ちなど、思えば、そのときの父の代えがたい喜びであったものばかりが、今はそのまま喜びとしては彼に伝わらず、どう仕様もない一抹の悲しみの露となって滴り、漸次にじりじり胸中に拡って来るのだった。
食事がすんでからそれぞれ、バルコオンよりの部屋へ移り椅子を変えた。矢代は久木男爵から離れた椅子をとると、港の方をひとり眺めた。彼の位置からは、平尾男爵の令嬢たちが、柔いフランス語で戯れている無邪気な肩のあたりから、灯台の鋭く明滅する光りが見えた。どこかフリジヤの花を思わせる少女たちの姿だった。光りの廻って来るのを待っているうち、矢代がパリへ着いて間もないころ料理店の一隅で、偶然この幼い子たちを見た記憶が蘇って来た。すると、またその光りの遅い廻転は、ふと父の骨が火になって出て来たときの、最初の鮮やかな色を思い出させた。それは繊細な花茎を連想した直後の彼の感傷とはいえ、父の死の光りの前の少女の姿は、一層活き活きと揺れたわむ呼吸に見えて美しかった。
「平尾さんのお嬢さんはパリでお生れになったのですか。」
久木男爵も、二人の令嬢の自然なフランス語を耳に入れたらしくそう訊ねた。
「そうです。この下の方ですが、これで日本を今日初めて見るのですよ。いろいろ教えこむのにこれからまたひと苦労です。何しろパリじゃ、子供の遊戯に、恋人から手紙の来るのを待つ遊びがあるもんですから、見ていてときどきひやりとしますよ。」
平尾男爵のそう云うのも待たず、皆の笑い出す声の中に沈まりながら、令嬢たちはまだ無心に話しつづけた。
「子供のことというと、僕も外国では自分の子供と同じ年恰好の子に会うと、いつも一緒に遊んで見ることにしたが、そこの国民の成長力を感じるには、それが何よりですね。」と東野は久木男爵に云った。
「そうそう、どこの国の子供も子供のときは、みな同じように可愛らしいが、大人となると、またどうしてあんなに違うもんだか、相当憎いのもおりますからね。いったい、子供と大人とどのあたりで違って来るものか、なかなか微妙な研究問題ですよ。これは、わたしもときどきこの年になって、自分もこれで憎い人間になっているのかもしれぬと、考え込んだりしますからね。」
久木男爵のそう云うのを矢代は聞くともなく聞きつつ、思わず、自分にとっては事実そうだと忘れていた灯台の光りをまた見詰めた。しかし、怨もうにも怨めぬこの憎さは、天から転がり下った宿命の糸に見え、少女のか細い肩の間から徐ろに廻って来る光りの瞬きも、ますます父の最後の笑顔をほのかに浮き出す灯火のように、愁いを含んで射しこもって来るのだった。
「ね、ほんとにお父さん、あんなに喜んで死んだんですもの。」
父の亡骸を抱いた矢代の傍で、そんなに喜んだ母の顔も彼の眼から離れなかった。しかし、それもこれも起ったすべてのことは誰も知らず、ただ彼の胸中で人知れず燃え上っては、やが
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