響き、何より実行力の溢れたその確実そうな風貌には、世の荒波を押し渡って来てなお衰えぬ厚みがあった。殊に肩から胸へかけての手堅い力の盤踞した感じに、容易に内には籠りがたいまだ青年の名残りさえ感じられた。
矢代は知人攻めに会っている塩野を待っていても、これではなかなか茶も飲めそうな様子もなくひとり下へ降りていった。出口のところで後から彼に追いついた千鶴子が、
「何んだか時間が半ぱね、夕御飯まで歩きましようか。」と誘った。
矢代は暫く茶を附き合って貰いたいと云って、資生堂の喫茶部へ這入ろうとした。が、千鶴子は今さき這入ったばかりだからどこか別の所をと云ったので、二人は暫く群衆の流れの中に没し南の方へ歩いていった。
「御招待いらっしゃることになりまして。」と千鶴子は訊ねた。
「塩野君は出ろというので、そのつもりでいるんですが、大丈夫ですか。」
「大丈夫って?」
千鶴子はまた別の自分たち二人の結婚のことを考えたらしく訊ね返した。
矢代はそれには黙って答えず歩いていてから、
「今日あそこへ集った老人連、なかなか面白いですね。あれが明治、大正というものの代表者の一部の姿かと思って、僕は非常に面白かったですよ。あれが明治前だと、もう少し違っていたのだということも分って今日は愉しかった。この次は僕らのときだなア。」
と、矢代はこう千鶴子に何げなく云ったものの、もうそれは誰か別人に云うようにひとり呟くようだった。
新橋を渡ってから右に折れて、また二人は桜田本郷町を真直ぐに歩いていった。その通りは家具店が多く、椅子や卓子が店頭高く積っていた。退屈をしたときパリでよく、家具店をこうして千鶴子と一緒に見て廻った矢代は、そのときのことをふと思い泛べた。そして、今は自分たちの結婚生活の後に使う家具類を、自然に採択する注意もまた彼は怠らないのだった。
ある店さきまで来たとき、矢代は美しい革製の揃いのソファを二つ見つけて中へ這入っていった。デザインも簡素で弱りのないひき緊ったところに、立ち去りがたいものがあった。
「いいなアこれは。」
矢代が小首をかしげると千鶴子は傍から、
「綺麗ね。何んだか見たことのあるようなものだけど、あたしもこれが一番好きだわ。」と云った。
彼はそのソファに腰を降ろしてみているうち、画廊で戯れたさきの木山老人の姿を想い出して傍の千鶴子を仰いだ。
「君もちょっと坐ってみてくれ給え。工合はどう。」
空いた横の一つへ千鶴子も腰を降ろしてみたが、二人並んでそうして坐ってみると、極まり悪げに俯向いてくすっと笑った。そして、すぐまた急いで立ち上った。
「駄目駄目。」
矢代は手を持ってもう一度引き据えてみようとしながらも、飛び離れて逃げる千鶴子の速さに手が届かず、自分も立った。彼は二つそのソファを届けさせることにしてから店を出た。しかし店を遠のくにしたがって、今さきにした戯れもまだ早すぎるのだと思った。うつ向いて歩く足もいつか忍耐に重くなり彼は黙り込んだ。千鶴子も何んとなく黙って歩いた。
そうして暫く二人の靴音の喰い違ったり揃ったりするたびに、矢代の気持ちも浮き沈みして進んだが、また彼は雪の中で聞いた鼓の音を思い出した。それは前に前にと押し出す音のように、
「ぽん、ぽん、ぽぽぽん、ぽん。」
と胸中で響き、靴音の響きともなり、巷のひびきを貫いて透って来る何ものかの打音ともなって、矢代もだんだん爽やかに首べが上って行くのだった。
「ぽん、ぽん、ぽぽぽん、ぽん。」
いつ靴音が能舞台を踏みすすむ音のように変るか、彼は待った。
田辺侯爵の別邸は霊南坂を登った裏の高台にあった。重い閂のかかった両扉の門柱の間から玉砂利が見えた。矢代が塩野と連れ立って門を這入ると、寒むげな唇の色で、肩を縮めて出て来た大男の玄関番が二人の名を訊ねた。緑青の噴き出た樋の傍に皮の爆ぜた松の幹が逞しく、厚い甍の反りの上に枯松葉を落していた。
塩野はもう勝手を知っているらしく先に玄関を上った。花鳥を描いた衝立の後は暗かった。冷たく光った廊下を奥へ渡って行った右手の所に応接室があったが、そこには人の姿は見えず、ただ外套が幾つか置いてあるきりだった。
「君、よくここへ来るの。」
と矢代は塩野の置く外套の傍へ自分のも揃えて訊ねた。
「ああ、ここは三度ほど。――こちらの方が気楽なものだから、あの侯爵はここの方が好きなんだよ。」
と塩野は云いながらまた部屋を出て、なお廊下を奥の方へ幾つも曲った。背丈を同じにした南天の群生した中庭を渡り廊下が通っていた。実の赤くいちめんに揃った中を廊下が厳しく光り、そこを行く矢代の眼に、裏庭の広さを示す小松林の一端が、おおどかに曲った裾の美しい線を白い砂際によせていた。
矢代は塩野を先にやらせて立ち停った。そして、暫く中庭の美し
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