子の家との結納もすませた四日目で、駅へは母と幸子とが送りに来た。あれほど一緒に行きたいと云った幸子も、このときは、一言もそれを云い出さずに留守居を我慢したのも、行くさきに千鶴子兄弟のいることを察した兄への同情であった。矢代は京都へは九州からの帰りに寄りたかったが、間もなく欧洲へ出発するという由吉の京都勉強のため、彼と一緒に千鶴子と槙三とが昨日東京を発って、途中伊勢の山田で一泊している筈だった。自然に四人は京都で落ち合う順序になっていたが、それも矢代から云い出したことではなく、出発まであまり日数のない由吉から云い始めたこととて、矢代ひとり日を狂わすことは出来なかった。また京都へは、由吉一行のみならず、塩野や佐佐、その他須磨の夫人のもとへ行く東野も、前後して来る模様もあった。
「あなたのお手紙のことなど、兄にも話しましたら、兄も心配そうに考えておりましたが、それでは僕と一足さきに、山田へお参りに行こうよと、そんなに云ってくれました。」
 と、千鶴子の手紙にもあって、矢代は、磊落な由吉に似ず適当なその注意に、自分が三人より日を遅らせて行くことも、これで有意義になったと思った。
 父の骨を小さく分骨にした二つの箱はスーツの中に入ったので、これを寝台の頭の傍へ置いてから彼はホームへまた降りた。母とは別に話すこともなかった。ただ彼は、いま少し母と妹との京都行きを自分からすすめるべきであったかと思われたのも、それを強く主張出来がたかった事情に対して、なおまだこのときも気弱く感じるのであった。母としても、良人の死のために結婚の日取りの延びた子の矢代を気の毒がり、こうしてひとり彼に良人を頼んだ配慮のあったことは、黙って並んでいる間も母子二人の胸に通って来た。おそらく母も、良人の骨を見送りに来ているとはいえ、一つは、子の新婚の初旅に出ようとする祝いをかねた心もあろうことなど、傍の幸子をひき据えて黙らせていることにも顕れて、常の旅とは違い、矢代は気まりも悪く寂しくも感じた。
「それから九州のお寺の方にも宜敷くね。」
 母は思い出したという風に、ぽつりと矢代に云っただけだった。彼は頷いた。そして、外国から帰った夜、ここへこうして彼の降りたとき以来、初めて母と並んでいるこのホームだと思うと、そのとき母の前に立っていた父が、自分を見つけて「あッ」と小さく唇を開けた瞬間の顔が眼に映った。人の散って行くホームに残った黒い鉄柱の足影が、過ぎゆくものの落した姿のようにさみしく朧ろに霞んだ。ホームの屋根の間に満ちた薄霧の中に光線の川が流れていた。その下で、箒を持って動く駅員の姿が、漂うひとときの哀愁を掃き集めているようで彼の眼に沁みて来た。
「じゃ、ちょっと行って来ます。」矢代はベルの鳴り出したとき母を見た。
「お頼みしましたよ。気をつけてね。」
 母の後ろで笑っていた幸子の顔が泣き出しそうに緊った。矢代は踏段に足をかけたまま二人から遠ざかっていった。寝台に戻ってから車内の鎮まるまで、彼は上衣も脱がず暫く長くなっていた。頭の傍のスーツの中の父と、先日東野の持って来てくれた結納の金糸銀糸の鶴亀が、辷って行く車の方向に多忙な犇めく混雑を感じさせたが、間もなくそれも、トンネルを脱け出る空を見る思いで、次第に明るく展けてゆくのだった。
 箱根をぬけ沼津へかかったころから彼は眠くなった。しかし、彼はうつらうつらと眠りながらもまだ何かしきりに考えている自分を感じた。明朝は早く眼を醒さねば困る。夜の明けるのは琵琶湖の見え始めるころだとすると、少くとも石山あたりで起きていなければ、すぐ逢坂山にさしかかる。父の成就させたそのトンネルだけは、どうしても父の骨に見せねばならぬ。――こんなことを考え考え彼は眠っているのだった。ときどきはっきりと眼が醒めることもあったが、車内を見るとまだやはり夜中だったりした。一度眼が醒めると、寝つくのがまたなかなか厄介で、出発前に気にかかっていたことなど、あれこれと思い出したりした。
「まア、君もお金が沢山あったところで、結婚すれば、遊んで暮すということはしない方がいいですよ。だから、君、久木会社へ入社しなさい。席だけ入れておけば、後は僕が何んとかする。」
 結納を携えて東野が来てくれたとき、親切にこう彼に云ってくれたことなど、矢代は眠つかれぬままその処理について考えた。このことは彼にはかなり重要な問題で、考え始めると眼が冴えてゆくばかりだった。
「僕にはお金などありませんよ。ですが、久木さんの会社へ勤めるといっても、僕などあそこの会社にとっちゃ、ただ邪魔するばかりで、不用な人物になるのが落ちですからね。それじゃ、気の毒でしよう。」
 と、矢代は有耶無耶にそのとき答えたが、いつもの癖で、東野は彼の思惑など頓着せず、まア、入れ入れという鷹揚さで、勝手に矢代
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