ることが出来なかった。それも千鶴子の場合はともかくとして、真紀子と久慈との場合は結婚同様の二人の生活だった。今久慈を除いた後の四人が他人を混えず会うということは、矢代のみならず、それぞれにとっても未経験のことであった。各自の紊れ散る思いの面に浮ぶことは、移り変る旅の日の山川草木の姿といっても、揉み刺して来るものは人の姿にちがいなかった。しかし、振り返って見ても、よく千鶴子と自分はここまで来たものだと彼は思った。そして、久慈が二人のことを、「あの二人の馬鹿が、西と東に別れ地球を締めつけているようなものだ」といった戯れも、そう云われてみれば、二人の情念の伸び巻いて断ち切りがたかった当時の烈しい様も思い出され、二疋の蛇のような異様な姿として描かれて来るのだった。それも今はここで草叢を覗く二人であろうとは――そう思うと矢代は、自分の尾のどこかにまだ抜かぬ一本の剣が潜んでいるのも感じて来るのだった。しかしその剣はいつか一度は必ず噴き放って、焔の中を貫きぬけることもあるだろう。もしそれが宝剣だったら、天上へ届く鉄塔とならぬものとも限らない。――矢代は自分のこのような念願や空想は、世の中の男の誰もが不断に願ってやまぬ思想だったと思った。もしそれがなければ、身を灼く男の情念とは、何ものでもない腐肉の如きものだと思われるのであった。
「おろちだ俺は。」
彼はそう思いながら草叢から眼を空に上げた。東野が抹茶を持って出て来たとき、高樹町の実家に帰っている真紀子が間もなく来ることを云って、今夜はみな揃って夕飯を共にしたいから時間があるかと訊ねた。
矢代は礼を述べてから、さきに話に出た五十鈴川のお水を見せて貰いたいと頼んでみた。
「五十鈴川のは水質が最上だね。愛硯家はあの川裾の方の大寒中の水を汲んで硯にするのが例だが、僕のは菌のわかないようにカンフル注射をしてあるのだ。そうすると墨色もなかなか良い。」
と云って、東野は棚から袱紗に包んだ古万古の壺を出した。矢代は抹茶を飲み終ってから卵形の壺を捧げるようにし、そして少し揺ってみると、たぶたぶとした水量の重みに脇下に爽やかな胴慄いを感じて頭を下げた。
「これもどうやら地球に見えて来た。」とひとり喜んで云っては、彼はまた子供のように水音を聞くのだった。
なお東野は、硯水の質より墨色や発墨の美しさに相違の生じることを述べて、旅先きで蒐集して来
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