って帰って来たんだよ。農業とか、芸術とか、その他の生産関係など、殊に工業にまでこれを及ぼすべきだと考えるんだが、まア、僕の考えは君の現実派に比べて理想派だけれども、理想派必ずしも非現実主義ではないので、むしろ、君より僕の方が現実主義だとも自慢し得るんだがね。しかし、それはさて措き、農業経済というような点から考えたって、日本内地の手の込んだ集約主義の農業の成功というやつは、やはり、町村の祭りが根本だということは、これは誰も異存なく認めなければならんのだから、いろいろ云われる例の、外地の大農主義というものにしてもだね、僕は自然にこれからその中へ介入して来る科学にまで、祭りを忘れしめぬように発展さすべきだと、こんな風に考えてみるんだよ。つまり、科学祭りというものをだね。」
 何を云い出すかと思っていた一同は、思いがけない男爵の話から、答える術もなく、軽い一種の失望を泛べた表情でにやにやしながら黙っていた。すると、千鶴子だけ一人、何か急に思い出した様子で、首を上げ、傍の矢代を意味ありげに見詰めたが、由吉が突然、「殿さまにはなりたいものだね。」と云ったので、その拍子にどっと上った一団の笑声に邪魔されてまた彼女もそのまま黙った。矢代は千鶴子の視線が忘れられず、それから続いて聞える談笑の底から、彼女の方へ身をよせかけて、
「何んです。」と低く訊ねた。
「お昼に船を待ってたとき、お訊きしたいことあるって、あたし云ったでしょう。あのことなの。」
 千鶴子がこう云っているときでも、あたりのものらはそれぞれ別のことを話し始めたので、幸いに二人の話は皆に分らずに終りそうだった。千鶴子の訊ねたいということは、なるほど彼女の思い出したのももっともなことで、兄の槙三から頼まれて来た用事だが、越後の山の湯にいるとき、矢代が槙三に話した幣帛の切り方に関することだった。それは一枚の白紙を無限にずるずると切り下げて垂らしていく幣帛を、宇宙の形と信じた太古の日本人そのままに、今もなおその幣帛の上に鏡をいただくように安置し、祠の本体と信じている心の美しさについてであったが、数学者の槙三には、矢代の話の中そこが一番の興味の中心だったと見えて、学校に行ってからそれを先輩たちに話したらしかった。ところが、一枚の白紙を無限に連続して切り下げる方法は、目下世界の数学界に於ける最大問題である集合論のうち、特にヒルベルト
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