と、必ず誰も失敗するものですから、云いたくとも僕にも云えないのですよ。僕は世の中の人間で道徳というものを間違えずに説明できた人は、まだ誰一人もいないのだと思うようにまでなっているのです。そのくせ、誰も彼も道徳だけは、道だ道だとばかりで、未知なことにして置きたいんじゃないかと思うんですが、甚だ僕の考えは極端なんですけれども、これはさっきも宇佐美さんの仰言ったように、それは事実だと思うんです。」
矢代は定めし多くの異論が出ることだろうと予期しながら、もう裸体で人人の前へ飛び出すようにそう云ってしまった。遊部は矢代の云うのを聞きつつ、ときどきぴくぴくと眉を跳ねてはまた冷笑を洩して黙っていたが、やはり彼が真っ先に口を切った。
「しかし、科学を信用しないって、どういうものですかね。自然の合目的性を認めることが神を認める唯一の方法だと発見したのは、科学の何よりの信用し得べきところで、またそれが人間というものの価値の大きさを実証してみせてくれたんじゃありませんか。」
「僕は神というものは、そういう合目的なものだとは思えないのですよ。」と矢代は府向いたまま小さな声で云った。
「それなら何んです。」
矢代は答えるのがもう辛かった。それは別に答えに窮したわけではなかったが、卓の一端には、自分の信じている神とは違う神を信仰している千鶴子や塩野たちのいるのを思うと、ただ黙って笑うより法がなかった。もしこれ以上に自分が言葉を云えば、二人のみならず、その他の客の首を絞めつけてゆくことになるかも知れない惧れを感じたからだったが、しかし、何故ともなく矢代はこのときから悲しみを感じて来た。矢代の返事を待っていた遊部は、いつまでも黙っている彼の躊躇に意外に早く勝ちすぎた遠慮のある思いで、ナイフを取り上げると端正に鮭の肉をすっと切った。そして、まだ惰力で少し云いつづけ、ピューリタニズムの精神とニュートンとの合致を説明してから、静に矢代に止めを刺すようにこう云った。
「僕はやはり科学の合目的性を信じるんですよ。世界の人間の一番共感出来ることといえば、いろいろな国の特殊性という変容したものの中から、普遍性を抽き出して、これを認め合うということよりないですからね。僕は神というものも、それよりもう感じることが出来なくなっているときなんだと思うんです。」
「君の苦心してやっているのは、音楽じゃなくって、音学と
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