さを眺めていた。彼は敷きつめられた砂の白さと南天の実の赤さから、フロウレンスのある寺院の庭を思い出したからだった。その寺院の庭は、丁度こんな清潔の方形だったが、中央にただ一本の夾竹桃がぎっしり花を咲かせ、白い築地に囲まれた静寂な空間に艶麗な慎しさを与えていた。
 廊下の向うからもう由吉らの笑声が聞えて来た。夕暮の迫る砂の薄明りを眺めながら、矢代は、今夜の会は自分にとっては一つの査問会のようなものになるのだと思った。自分に関する千鶴子の兄の由吉と槙三の報告が、彼女の母へ届いている現在、新に侯爵のも加わってまた届けられるにちがいない以上は、やはり自分の運命を左右する一夜ともなるのだった。それも侯爵夫妻の一番知りたい自分たちのことは、千鶴子と自分との秘やかな交渉が、どの程度のところまで進んでいるものか見届けたいことだろうと思うと、二人の間が、すでに実際の結婚以上のものまで済んでいると見られていることも、十中の九までたしかな事だった。しかし、若い男女の二人が自由に外国を渡り歩いているときに生じる必然的なことが、果してそのまま当然に生じたかどうか、侯爵の方とて聞き糺して見ることも出来ず、また矢代にしてもそれだけは、こちらから示す明らかな表情もなし得べきことでもなかった。いま何か、矢代はふとそんな微妙なことで苦しさを感じたが、塩野の個展の祝賀会とはいえ、実は、侯爵や由吉たちが矢代と千鶴子から、そこの所も暗黙に聞き取りたい査問会の内容も含まれている夜会となることだけは、廊下の光りを踏みつつ彼も覚悟を決めるのだった。
「やあ、いらっしゃい。さきほどは失礼しました。」
 離れの洋館の中へ這入ったとき、田辺侯爵は資生堂の昼間の画廊のときとは違い、打ち解けた笑顔の挨拶だった。集りの中には由吉を初め、矢代の知らぬ人人も多かったが、婦人たちはまだ誰も姿を見せていなかった。
 洋館は古風ながらも、後から改造したと見えるコルビュジエ風な明るさがあった。麻布の方を一望に見降ろせる側一面に巨きなガラスを繞らせ、鼠の地色に目立たぬ赤の模様の入った絨毯が、部屋の調度や庭を害せず落ちつけた。黒塗の棚に初期李朝の秋草の壺が一つ置いてあって、壁額に嵌った十七世紀の銅版画と好個の対照をなし、高雅な趣味の滲み出ている部屋だった。
 ストーブの傍に集った人人の中では、スペインの内乱に関する談が続けられている最中だっ
前へ 次へ
全585ページ中397ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング