しようか。」
「お昼?」千鶴子は鏡の中から振り返って、「まア嬉しいわ。お待ちしてましてよ。どんな御馳走かしら。」
駅へ迎いに行くときから明日の昼の招待について考えていたこととて、今になって突然思いついた冗談ではなかったから、材料もある程度明日の午前中に揃う手筈もあった。
「何しろ雪の中の手料理ですからね。東京で作ったのとは違うが、チロルの山小屋のときよりは少しはましかもしれないな。」
「あのときは何んだったかしら。スープとお馬鈴薯と、ソセージ、ね、たしかそうだったわ。」
二人が顔を見合せて笑っている所へ、夕食の仕度が整い料理が出て来た。まだ湯から上って来ない槙三のことを矢代が訊ねると、きっと湯気でも見て何か考え事をしているのだろうと千鶴子は笑った。そこへのっそり入って来た槙三は窓よりの廊下の椅子にかけ山を眺めた。彼は常住坐臥あまり人間のことなど考えていそうでもなく、自然の動きと数の組み合せだけ考えつづけているためか、惑いのない動かぬ独特な微笑を湛えていた。純潔な赤い下唇が少し突き出ていて、大きく澄んだ眼は美しく、自分の気持ちの困惑など少しも人に見せそうもない、おっとり物云わぬ態度をいつも崩さなかった。何かそこに必ず誇りもありそうなことは矢代にも分ったが、それがまた彼の感じを一層よくしていた。
「明日のお昼に矢代さん、あたしたちに御馳走して下さるんですって。お山のお手料理よ。」
炬燵の上へ厚板を敷いた冬の宿の食卓に対ったとき、千鶴子は槙三にそう云ったが、槙三はただにっこり笑っただけだった。
「料理されるのお好きですか。」
と槙三は暫くして矢代に突然訊ねた。千鶴子は下手な槙三の質問に顔を一寸赧らめると、矢代の答え難くげな隙を埋める風に横から云った。
「この方そんなこと一番お嫌いな方なの。ですからあたし、明日の御馳走楽しみなのよ。」
「しかし、山にいますとね、里にいるときとは違って、料理を作ることはたしかに面白くなるものですよ。御馳走という字も坊さんから出て来たというの、よく分るなア。日本の船がむかし椎茸を積んで支那の寧波《ニンポー》へ行ったとき、あそこの坊さんの大将の、その日の務めの最大行事は、美味いものを弟子たちに食わせることだったものだから、山へ降りてあちらへ走り、こちらへ走りして材料を調えに走り廻った結果が、日本の椎茸が一番美味かったというところから、馳走
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