然、風土からこの国を考えても、誤差の甚だしく生じるロシアだと彼は思ったが、ひところこの国に栄えた思想を範とせよと各国の知識階級に呼びかけた者の勢い旺んだった年のあったことも、すべては当時栄えた唯物史観という、ある種の科学説の力だった。
「いったい、ギリシアは何ぜ滅んだのだろう。」
と、こういうときには矢代はいつも思うのが癖だった。今も彼が雪の山小屋へ勉強に出て来たのも、科学を世界に伝え残したこのギリシアの滅んだ理由を調べたかったからである。そして、矢代の先祖の城を滅ぼしたのも、つまりはすでに滅んでいるこのギリシアの残した科学のためであり、それもカソリックという宗教の仮面を冠って不意に襲って来た科学であったのに、今もなお彼までそれを調べねばならぬとは、身を省みて怪しまれることだった。
「とにかく、あれはおかしな代物だ。」
と矢代は、こんなときには薄笑いを洩してギリシアの文明について考えるのだった。
また彼のその薄笑いは彼ひとりのみならず、東洋共通の表情にも通じたもののようでもあり、恐らくそれも東洋だけの愁いでもなく科学の仮面とされて遠く波路を渡り、東洋に押し出されて来たカソリック自身の歎きにもちがいないことだった。
こんな意味から選んで持ち込んで来た矢代の書物の類も、宗教は宗教のことの歴史だけより書いてなく、科学は科学だけの歴史より書いてなかった。今の矢代にとって目下何より知っておきたいことは、この二つの歴史の争いもつれたその接点の歴史だった。
矢代は朝起きると朝食の前に小屋を出、宿まで行って浴槽に浸った。朝の空に突出した高い浴槽は、他には見られぬ稀な場景を泛べ、ここの温泉は毎朝の彼の一つの愉しみだった。
さし渡し三間もある白いタイルの円形の中に、透明な湯が漲り溢れていて、部屋から入りこんで来る客も朝は賑わった。浴槽内の温度が外気を遮る大きなガラスの壁面の冷たさに触れ、物凄い濃霧の湯気となって場内に巻き返るので、肌の触れ合うほど間近に顔を並べている隣りの客の顔さえ朧だった。その他の客の姿など少しも見えず、ただ男女の声だけ聞える茫茫とした霧の中に、朝日に映えた薄紅色の山の雪の明るさが射し透った。
矢代はいつも山に向いた位置を撰び背をタイルの縁に寄せ、舞い立つ霧の底でがぼがぼ鳴る湯の音を聞いた。広い山の湯の男女の混浴は隔離した湯よりも、むしろ清浄な山川の
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