るのはもう倦き倦きして、疲れるばかしだからなア。」
 矢代は云いながらも、一度前に、母の実家に女中奉公をしていたことのある婦人に、用を頼んだある日のことを思い出した。その婦人の嫁ぎ先の主人が東京に出て大工をしていた関係から、矢代の家の破損の部分を直して貰いたいと頼んでやった手紙の返事が、すぐ来た中に、
「今日子供が自動車に跳ねられて死にましたものですから、悲しくてごたごたいたしております。主人もすぐお伺い出来ますかどうか分りませんが、遅れましても不悪《あしからず》おゆるし下さいませ。」
 と下手な字で鄭重に書いてあった。
 自分の子供の不慮の死のあったその日、すぐ手紙の返事を書けるという律儀な恐るべき婦人の精神に、返事を書くことの嫌いな矢代は水を打たれたように覚えたことがあった。彼がその婦人と同じ母の郷里へ行きたく思うのも、一つは、自分の怠惰な心を正したいためもある。
 彼の母の郷里は、東京から十時間もかかる東北地方の日本海よりに面していた。矢代の行った温泉場はその地方でも特に質朴で、古風なことでは日本でも有名な湯治場であったが、避暑客のまったく去ってしまった一帯の淋しい山峡では、野分の後に早くも秋雨を降らせていた。見たところ、このあたりの風習や気質には珍らしく西洋の影響を受けたものは殆どなかった。矢代は真黒な太い木組の浴槽に浸ったり、暇にまかせてその地の歴史を検べたりしながら身を休めた。
 百軒あまり人家の密集している町は、湯に包まれた一つの木造の家のようなものだった。町の南端に流れている河鹿の多い川の水中から湯の煙が立ち昇り、百日紅の花の下を、泡立つ早い流れが日光に耀いていた。その周囲を包んだ変化に富んだ山波の姿は、巧緻な樹木の繁りを見せて矢代は倦きなかった。
「われ山民の心を失わず。」
 このように山を見て云った芭蕉の言葉も、矢代は思い出しつつ山にも登った。山懐ろの秋の静かな日溜りの底で、膨れ始めた嬌奢な栗の毬がまだ青く見降ろされた。遠く向うの海岸のトンネルの中から、貨物列車のぞろぞろ出て来る姿を見ると、彼は田舎芝居を見ているような、道化た煙草好きの男を何んとなく思い出した。そして、あれが日本に顕われ出て来た初めての西洋の姿かと思い、膝に肱つき、下を見降ろしながら、彼は見て来た西洋を想い浮べては感慨に耽けるのだった。
 煙を噴き出す貨物列車は蛇に見え、稲の穂の
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