どっちかしら。」
「どっちか分らないな。君、ひとつどっちへ出れば一番近いか一寸見てくれ給え。こうなればもう斥候が要る。」
こう云って矢代は千鶴子の両足をかかえようとすると、千鶴子も気遅れを見せずすぐ矢代の肩に手をかけた。
「よろしいか。そらッ。」
矢代は膝をくの字に曲げた千鶴子を上に高くさし上げて云った。
「重いぞ。」
恐わそうに初めは片手を矢代の後頭に巻きつけていた千鶴子も、ぴんと延び上ると片手を自分の額にあて、面白そうにあたりの蕨の原を見廻した。
「まア、広いこと広いこと。」
「どっちです。」
重さに腕をぶるぶる慄わせて訊く矢代の身体の中で骨が鳴った。
「あちらよ。右へ真直ぐに行けば一番近いわ。おお、いい眺め。」
千鶴子はなお真直ぐに延び上ろうとした拍子に矢代の脇腹へ強く沓が食い込んだ。
「抛り落すぞ。痛いや。」
「もう暫くよ。広いったらないわ。」
千鶴子はからかうように上から矢代の頭を撫でながら悠長にあちこちを眺めつづけた。困った果てにやむなくしたこととはいえ、何んの躊躇もせず自分の肩車に乗っている千鶴子を、可憐に思いまた支えた。
下に降りたとき千鶴子は裾を直し顔を赧らめて、「ああ面白かった。」と云うと、今度は急に黙って右の方の蕨の中を自分が先に割り進んだ。
全くこの蕨の原はひと目初めに見たときよりもはるかに広い地帯だった。二人は湿った部分を除けながらまた一と苦心をつづけていったが、もうどちらも汗にまみれてくたくたに疲れ、ようやく森の芝生の上に出たときには、真先に矢代は栗の樹の根もとに倒れてしまった。
「驚いた。あんなところにヨード・チンキの塊りがあろうとは思わなかった。あそこだけは誰も知るまいな。」
千鶴子も矢代の傍の草の上へ長くなった。
「ほんとにこの森、魔の森だわ。馬鹿に出来ないのね。」
「ストライキのお蔭で今日は飛んだ目に会わされてばかりだ。この調子だとまだ何か今日はあるかもしれないぞ。」
煙草を出して矢代は千鶴子に一本すすめ、梢の上を流れる雲に見入った。風に揺れている梢からもれた日光が倒れた草にあたっていた。鶯がまだここでもしきりに鳴きつづけたが、もうあたりに花は一つも見えなかった。どこか向うの草の底から低い欠伸が聞えた。あたりに少しも人の気がないように見えていながら、実はここはそうではなく、到るところにいるらしい。まもなく低く音
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