這入って来るのだって、何も罪はこっち持ちだ、という権幕なんだから、あれはまア、自然を失った人間というものは、一切から解放されればどんな様子をするものか、試しに周囲五里の森を与えてあるようなものだな。実際この森がなかったら、パリの人間、呼吸困難になるかもしれないですよ。」
「恐ろしいところね。そんなところ日本になくて結構だったわ。」
 ボーイの持ち運ぶ皿がまた光って眼を刺した。オーケストラが樹の下から起った。湖面に漣が立ってゆらめく度びに、照り返しを受けたあたりの芝生の面もともに影を細かく揺らめかせた。
「マロニエの咲いていたころは、ここでこうしてコーヒーを飲んでいても、花が上から落っこちて来て手で払うのに急がしかったもんだが、もうお別れか。早いものだなア。」
 悲痛な思いも冗談のように笑いにまぎらせて話すことが出来るのを、一つはこれもここのこの景色の美しさのためかと矢代は思った。
「でも、日本へ帰ったらお会いしましょうね。あたしね、日本へ帰ってからあなたにお会いするの、今から楽しみなの。ここでこんなに苦心をしてコーヒー飲んだのも、きっと面白いお話になってよ。あなたの方が早く帰るんですから、あなたよりは待つだけ楽しみが多いわけね。おお、楽しい。」千鶴子は喜んだ。
 自分はもう会うまいと思っているのに、何んという千鶴子の気軽さだろうかと、彼女の喜びつつ手を胸に上げる仕種を矢代は眺め、ふと恨めしく思うのだった。しかし、それもすぐ彼は追い払うことが出来た。外国での約束などただ楽しみにすぎぬとはいえ、今はそのような儚い夢も満足のしるしとして受けるべきこそ旅だった。
 矢代は久慈に食事場を見つけたから来るならここよりないと電話で教えたかったが、電話をかけてみたときには久慈はホテルにはいなかった。定めし真紀子と一緒に今ごろは、こんなにコーヒーを探し求めて歩いていることだろうと云って、千鶴子と彼は笑い合った。
 ロワイヤルを出てからすぐ裏の森の中へ二人は這入っていった。鶯や小鳥の声がだんだん増して来た。栗や櫟の樹の密生した中を道からそれて、枝を撓めたり蔓草を踏み跨いだりしながら、なるだけ人声の聞えぬ方へ歩いた。この森の木の葉は初毛のように細かく柔いので、どこまで行っても森の中は明るかった。雑草も芝生の延びたのが多く、それも踏み馴らされた人擦れのした草ばかりだった。
「まったくここは
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