云った。
「やア、これはこれは、御無事で何よりでした。」
「今さきも云ってたところですが、老人で西洋へなんか来るもんじゃありませんよ。もうわたしゃ、馬鹿にされて、馬鹿にされて。ひとつ帰ったら、うんとやってやろうと思うてます。何んじゃこんなもの。土産一つ買おう思うても、うっかり珍らし思うて手を出すと、日本品や。いやはや、なっとらんですな。」
と沖はまたしても大声で誰はばからず云った。他の客はいつまで待っても来ない料理に腹立てボーイを呼ぶと、僅か一本のビールを持って来ただけだったが、それも隣室の人目を忍ぶ風に布の下に隠して持って来た。日本の客たちは怒って出て行くものもあった。ボーイが漸く皿を少しずつ運び始めたとき、隣室の中国人の中から呶鳴るものがあった。
「もうこのごろの世界は、どこでも女に焚きつけられとる。うアはッはッは。」
と今まであまり隣室の方へは注意しなそうに見えていた沖も、癇に触れたらしくそう云って笑ってから、突然ボーイを睨めつけ日ごろの社長の権幕で、「おい、ボーイ、来んか。」と、去りかけたボーイを呼んだ。しかしボーイは振り向きもしなかった。「ボーイ。ボーイ。こらッ。」
と沖は呶鳴った。すると、向うの部屋の中国人たちは一斉にこちらを見て何事か激しい罵声を沖に浴せた。沖は立ち上ったかと思うとナフキンを投げ出した。そして、船の中の茶会でよく外人に演説したように実に見事な英語で隣室の方に向って云った。
「料理屋で料理を食うのは国民間の親愛のもとであります。すべて平和というものは食事から来るとは、中国の大哲の教えだと思います。それに諸君は外国に来てまで、われわれの空腹に反対をせられるか。ここはフランスでありますぞ。君らの尊敬する外国で毎日勉強したことが、空腹の者にも自国の食事を与えるなということでありましょうか。これ甚だ東洋人たるわれわれの遺憾とするところであります。われわれの東洋には、戦うときでも敵に塩をやって決戦した、礼儀や仁徳をモットオとした英雄の日月があったのであります。」
ひどい近眼の大きな顔をいつもにこにこ笑わせている沖が、こういうことを云うときも絶えず笑っていたので、鋭い内容の演説も柔ぎがあったが、運悪くここは英国語ではなかったから、船中のようには聴手にうまく響かなかった。隣室は急に騒がしくなるばかりで、沖に殴りかかろうとする頑な二三の顔が窓から
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