色の鎧戸に新しい黄色な日覆をつけた窓窓も、文化の古さに縫いつけた新しい鰓のように感じられた。
一行の自動車は坂を登ったり降りたりした。午後の四時ごろである。マルセーユの街は散歩の時間と見えて、どの通りも人がいっぱいに満ちていた。太陽の射している街と日蔭の街とが、屈曲するごとにぐるぐる廻って矢代の前に現れた。ある坂の四辻まで来かかったとき、「ここは去年、ユーゴスラビヤの皇帝がピストルで暗殺されたところです。丁度ここですよ。」
と永くこの地にいる日本人の案内人が自動車を停めさせて説明した。
「軍艦を降りてから儀杖兵づきで、ここまで自動車で来られたところが、丁度ここでしたが、路がクロッスしてるものだから自動車が一寸停ったんですな。そこへつかつかと一人の乞食のようなロシア人が来ましてね、いきなり窓ガラスを拳銃の柄でぽかッと叩き壊して、続けざまに乱射したものですから、同乗していたフランスの外務大臣も一緒にやられました。」
この案内人はこのため近来の大衝撃を受けたらしい自慢顔でそう云ったが、一行のものには何の響きもないらしい様子に失望して、馬鹿馬鹿しそうにまた自動車を走らせた。暫く行ったとき、
「ここは男の跛足の多いところだね。」
と久慈は窓にしがみ付くようにして矢代に云った。
「大戦があったということが一目で分るもんだな。」
「そう云えば、笑ってるものが一人もいないや。」
「笑ってるどころじゃないよ。これだけ人がうようよしているくせに、話してる者もいない。何をいったいしてるんだろ。」
巨大な街路樹の葉蔭で流れている人々の顔も青白く、疲れているように口をつぐんだまま、誰も彼も眼だけを異様に鋭く光らせているだけだった。
「これや、もうヨーロッパ人は、考えることは皆思想より無いのだね。豪いもんだ。」
と久慈は云った。分らぬ答案ばかり陸続と出て来るうちに車は旧港の桟橋にかかって来た。すると千鶴子たちを乗せた一団の車と一緒になった。二つの車を乗せた桟橋はぷつりとその部分だけ切り放されると、海の上をそのまま対岸の方へ辷っていった。
「ノートル・ダムですよ。向うに見えるのは。」
と案内の者が云った。
「おや、あそこに、僕らの船が見えるぞ。」
と沖氏が云った。陸へ自動車が上ってから、しばらく坂を登ったところに数百尺の高い断崖が立っていた。その上にノートル・ダムがある。一行はエ
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