だった。矢代はすぐ懐しさに久慈に手紙を書いた。
「旅先で僕らのしばしば語り合ったように、とうとう戦争が起って来た。あれはラスパイユのホテルだったか君と高有明君と、僕らで論じ明した一夜のことなど、今はそのままになろうとしている。
実際、僕と君との果しなかった争いを思い出すと、みなこの戦争の際の準備だったようで、僕には多少気味が悪いのだ。それも無意識の僕らの準備だったことを思えば、あれもこれも、みな神さまが下さったものだろう。僕はこのごろ幾らか神がかりになっているので、人がかりには倦怠を感じて仕様のない状態だ。千鶴子さんとの結婚のことなどにしても同様で、この点、僕らの結婚を早めることは両人にとりあながち幸福とは限らず、むしろその反対の結果を来す惧れなしとせぬところもあって、実はいまだに停頓している意気地なさでもある。女のことを考える暇があるなら、神さまのことを考えろ、と云ったフロオベルの剣先も、彼の故郷のルーアンを訪ねたころから折折に泛ぶ僕の物思いとはいえ、千鶴子さんの念じる神、君の信じる神、僕の拝する神など、――神に二つはない筈だのに、それを思うほど、どうしてこんなに狂ってくるものだろうか。平行線は相交らぬものでも、無限の後方では相交るというものを、――僕らは、まだ交る無限のその部分にはいない下根凡愚かもしれぬ。ともあれ、水落ちれば石あらわれ、人間それぞれ自分の神のおん名を呼びたたえ、祈りつづけねばならぬだろう。ましてや戦争ともなれば――君の信じる科学の神も、あるいは、平行線の交るそんな部分をいつの日か、お示しになることだろう。
君は忘れたかもしれないが、パリで僕らが、日華の戦争起る、という記事に欺かれた日、僕は君にドームで、ある無名歌人の歌を詠んだことがある。――大神にささげまつらん馬ひきて峠をゆけば月冴ゆるなり――そういう歌だが、僕はあのとき何ぜか涙が出て仕方がなかった。それに今日このごろ、いよいよ歌が事実になって来てみると、も早や涙も出ない有様だ。もう僕らも凡愚ながら無限の彼方にいるのかもしれない。あの無名歌人のように。」
矢代の手紙に対し折返して久慈からの返事が届いた。それにはまだ簡単に、自分の歓迎会をしてくれる塩野の厚意も断っていることや、帰って来た目的は母へ安心を与える結婚のためだけで、それをすませばすぐパリへ戻る仕事の待っていることと、上海へ行く
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