を選ばねばならぬときに似た、張りつめた先端にいるようだった。彼は他人の誰にとってもそうではないことが、自分ひとりにとって、なおざりにしがたい傷創になろうとしているこの旅行の行程に、喜ばれぬ無意味ささえ覚えたが、とにかく、いまは何より先ず湯に入ってから夕食まで眠ることにして、隣室の千鶴子たち誰にも到着を報せずに寝た。疲れが烈しく眠れそうにないのも、やはり幾らかは眠っていたと見えて、一時間あまりしてから彼はドアの開く音に眼を醒した。暗くなっている部屋の中にうす白く動く姿を認めたとき、朧ろながらも千鶴子だと彼はすぐ思った。眠けのとれない眼が、寝台の傍に立っている胴のあたりを見たまま、早くもひび割れてゆくように和らぎ通うものを感じて来るのだった。
「もう幾時ごろですか。」と出しぬけに矢代は訊ねた。
「お帰りなさい。」
 びっくりしたらしく、急にスイッチを入れる音がして、つづいて壁際から振り返った千鶴子の笑顔が泛き上った。
「お食事ですの。皆さん下でお待ちでしてよ。いかが。」
 しばらく見なかったのが不思議なように思われる、間近い笑顔で、薄化粧の匂うあたりに沁み崩れてくるふくらぎを感じ、矢代は、眠る前まで考えていたこととはおよそ違う親しさに、忽ち取り抑えられた自分が腹立たしいほどだった。起き上り、千鶴子に背を向けて洗面をする間も、彼はひとり思い屈して来た車中の様子を、不問に揉み消したくなり気づかせたくはなかった。顔を拭う間も鏡の面から千鶴子を見て、二人の破談のときを考えた自分を思い出し、そのような不確実なものもまだ眼を醒して来るこれからかもしれないと、そう思うと、信仰の違いとは、これは人のいのちの違い以上に根ふかく、遠く、見えない彼方の黄泉《よみ》から吹き流れて来る霧の、茫茫たる渦巻かとも思われたりした。
「京都はどうでした。」食堂へ出る仕度をしながら彼は何げなく訊ねた。
「いろんな所、観せていただきましたわ。何んだか頭がもう、ぼうッとして、――あなたはお郷里のほう、いかがでしたの。」
 上衣を背後から着せかけていう千鶴子に、彼は帰途を急ぎすぎた不面目をまだ告げられず、寝台の取れなかった車中の疲れを洩すばかりにした。部屋から出てエレベーターの中でも、彼は千鶴子に触れる身体を慎しみがちになり離れるのだった。この妙に牽きつけるものの中に衝くものの混る気具合も、郷里へ行くまではふか
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