の寝台のため矢代の見忘れたもので、田辺侯爵家の城だった。
いま遠望する白壁の層層と高い天主閣の品位ある姿は、郷里で彼の見て来た狩衣姿の自分の家の荒城とは、およそ違った栄え極めた眺めだった。田辺侯爵夫妻と船を伴にして帰った関係上、千鶴子は自分との結婚に反対する母の意を翻えしめる援助を、侯爵夫妻に頼んだことも思い出されて、矢代には懐しかった。
混雑した人中に羞しく身を没するようにして、彼は感謝をこめ、窓から美しい天守を眺めている間にも、自然に彼は自分の凭りかかっている窓の悲劇と、眼に映じたこの城の今もなお華麗な活動をつづけている姿とを合せ考え、かげろう立つ空の青みの中に交る興亡二つの運命の描いた線の擦れ違う哀愁を身に感じた。そして、侯爵の家に招待されたこの冬、集った客たちと一緒に一夜を過したそのとき、図らずも彼が好遇された久木男爵との一件を父が知り、翌日、父の急死したことをもまた同時に彼は思い出したりした。
「そうだ、あの次の日だった。父の死んだのは。」
彼はおどろいてまた振り仰ぎ、その父の骨を納めに来たこのたびの自分の旅も、やはりこの城とは離せぬものだと思った。自分の知らぬ結ばれたもの、それは必ずこの地上にはあると彼は思い、盛衰興亡とは廻された番の勤めのことだと感じて、彼は、栄え実った田辺家の盛んな姿に恵まれた幸運の徳を賞めたたえたくなるのだった。
午後の三時ごろ矢代は京都ホテルへ着いた。彼はすぐ千鶴子の部屋を尋ねようかと思い、一ぷく煙草を喫い終るまで椅子から動かなかった。まだ耳底から汽車の動の鳴りやまぬ体をそうしてみていて、すぐ千鶴子に会わねばいられぬものかどうか、彼はしばらく自分を沈めていたかった。
屋根瓦ばかり並んだ窓の外で、本能寺の樹木の方へ乱れ飛ぶ雀の羽が光って見える。乾いた空の色だった。彼はいつ結婚しても良い自分ら二人の身の上になっているこの際、今夜ここで泊ればそれも早や定ることだと思った。結婚を延ばすか否かは、まったく自分の一存で決定出来る今の場合、まだ車中の妄想に動かされているのは、愚かなこと以上実は無責任も甚だしい行為というべきだった。
矢代はしかし、心のおもむくからには行くまで自然に行かしめよとも思った。今のような不安定な気持ちは、も早や愛情のあるや否やなどといった感傷事ではなかった。自分か千鶴子のどちらか一人死に生きする、その一つ
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