沁み込まれた皹《あかぎれ》やひびが眼についた。実際、彼の家も何かと絶えず闘っていた様子ながらも、蔵や母屋の膝から上は、まだ健康そうな色艶を失っていなかった。父より永く生き、子の矢代より長命しそうな巌乗な肩には、その後も引き受けてくれそうな緊った木理の眼さえ彼は感じた。
 坂を登りつめた上は、家の中庭になっていた。矢代は父の骨を胸の方に廻し替えて、竃の光った間口の方へ向け中庭を通っていった。近づいた家の間口が拡がるように見え、そして、中から我さきにと這い出て来る薄暗みの気配を彼は眼で制しながら、
「黙って、黙って。」
 と、何ぜだかそう云いたくなった。半ば閉った蚕室の雨戸に日が射していて、桐の花が高い梢の頂きで孤独な少い筒を立てていた。明るい空に沁み入りそうな淡い紫の弁をふと見上げたとき、思わず彼は悲しさが胸に溢れて涙が出て来た。
 中庭を脱けた裏から栗の木の多い山路にかかった。嫩葉色の顔にちらつく登り路を暫く行くと、右手に一部平坦な部分が見えて、そこに大小百基あまりより塊った墓があった。
「ここのお墓は、これ皆あなたさんところのばかりですよ。」
 と、先頭に停った老人が矢代に告げた。他家の墓の一つも混らぬ墓地というものを見るのは、初めてだったので、そう云われると彼もうろたえを覚え、先ずどの墓を主にして拝んだものか見当もつかず、
「祖父さんのはどれでしょうか。」
 と若い和尚に訊ねてみた。和尚は墓地の一番端にある一つを指した。今まで父以外に、一族の中では、祖父がもっとも親しく権威あるものと思われていたのも、亡くなった先祖たちの中では、末座にかしこまっていたのだと彼は知って、亡きものの特別な順列の厳しさだけは、生あるものいかんとも狂わしがたい自然の命令だと思った。彼は父の骨も石の出来るまで祖父の前の片端へ置いてもらいたいと頼んだが、こんなことは母からも聞かされず出て来て見て気づいたことの一つなのは、やはり母は争われず、自分と違う他郷のものだったと、今さら彼は思うのだった。
 納骨の場を掘ってくれている間に、矢代は墓石の間を廻り碑面を読んでみた。絡りこもった野茨の蔓が白い小花をつけて石を抱き、嫩葉の重なり茂ったその裏から、滴りを含んだ石の刻みがつぎつぎに露われた。みな古い時代のもので矢代の知らぬ先祖たちばかりだったが、いずれも氏名は矢代と同じで、また碑面の姓のどれにも藤原
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