州という所は妙なところだ。僕らの東北地方はたった一度悪事をすると、後は山ほど良いことをしても、もう受けつけないが、そこへ行くと、九州は過去を問わぬ。あれだから大西郷なんて人物が出たのだね。」
と、多少は矢代の肩身に幅を与えるつもりかこう云ったことなど、彼は今あらたに思い出された。過去を問わぬ。なるほど、ここは郷里も知らずに帰って来た自分に、今もこのように、手厚い呼吸を吹きかけて来てやまぬもののあるのを見ても、宗麟のむかしも同様ヨーロッパから「雲の波、煙の浪を凌ぎ、今この日域に来って貴き御法を弘む。」という風なカソリックの天国の福音を仏者の声音で吹き靡かせば、過去など論なく言葉のあやに随い、頭の芯も拍子をとって踊り出す情熱的な舞いごころも、どこより烈しかったことだろうと推測されて来るのだった。
本堂で若い和尚の経があって、それから矢代は村びとたちにつれられ墓場のある山の方へ案内された。田の中の細い路を行く途中に、また一人中年の農家の者が一行の群れに混った。この人は矢代の方へ進み出ると、低い腰で遅参を詫びたが、矢代はこの人も知らなかった。浄瑠璃の老婆は傍から、
「この人は、そら、あそこに見えるあんたさんのいられたお家の人ですよ。」と、矢代に訓えた。
「ああ、あなたでしたか。みなが御厄介になっておりまして。」
矢代は突然胸を衝かれて引き下る感じになり、あらためてその農夫の顔を瞶めた。身の緊った、天候の変化に敏感そうな細面の眼差の底に、技師のような綿密繊細な涼しげなものを含んでいた。矢代は農夫も変ったと思うよりも、この人ならいつまでも家を貸したい家主の気持ちの先ず起るのを覚え、前方の山麓に見える自分の家に眼を移した。
山を断り崩した赧土を背に、屋根の瓦の縦に長い側面をこちらに見せた二階家である。それは立派な家とは云いかねるものだったが、まだ誰も、あれを自分の物だと知っていてくれるもののないのが心寒く、その隙間に通うひそやかな風の中から、そっと瞶める彼の視線にも力が籠った。周囲のものが急に消え散った思いのする、明るい空洞の中の自分の家は、矢代の視線に堪え得ぬような風情でじっとこちらを見ていた。矢代は胸の動悸が昂まり鳴った。足も自然に早くなり躓きかけようとしたが、それでもまだ彼は瞶めつづけた。傷んだ物小屋の羽目板には、新しく繃帯ですぐ手当をしてやりたかった。土質の酸に
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