の入社を定めてしまったらしかった。矢代も拒絶するとなると父と、久木氏の関係を話さねばならず、また話したとてそのような矢代の特殊な困惑など他人に通じさせることは無理にちがいない種類のことだった。久木氏のことで死を導いた父のこの骨箱だとしても、それが誰があり得べきことだと思うだろうか。
「何も勤めるといっても、毎日出勤する必要はないのだよ。君は今の仕事をそのまま続けていて、少しも差しつかえはないのだし、またそれには君が入用な人物だというのだからね。」
 そういう東野の話しぶりでは、久木会社というような特殊に尨大な会社では、その中にまた自ら社長専用の小さな特殊世界というものがあるらしく、そこでは会社の用務に不向なものばかりを集めた研究生を必要とするのだとのことだった。それも久木氏個人の趣味と見え他の会社には存在しない、無用の用を弁じる性格らしく社長と社員との関係さえもない。随って矢代の入社も今は他のことは考えず、東野個人の顔を立てれば良いという簡単な処理で決定する風なものだったが、それにしても、絶えず父の死の記憶の蘇って来る久木会社へひたることは、人には語れぬ苦痛の焔を背中に燃しつづけるようなものであった。しかし、それもこれも、今は仲人の東野の気苦労な裁量で、定ったと同様な状態になってしまっていた。
 草津の駅を越したころ矢代はもう眼を醒した。すぐ石山にかかると、湖の上に曙色がさして来て、比叡の頂が薄靄の中に染って見えた。彼は洗面を急いですませてからまた寝台に戻り、人に見られぬようにカーテンを締め降ろして、スーツから父の骨を出した。大津の街は湖に包まれ夜明けの白い湯気を立てていた。矢代は半身を起したまま、白布の骨箱の一つを両手に捧げるようにした。湖の色が山際に傾きよったと見るまに、流れ込む水のように轟きをたてて、車窓は逢坂山のトンネルに入っていった。矢代は臭気の籠った煙のまい込む生温さに、のしかかって来ている山梁の部厚さを覚えた。またそれが、父の骨骼のようにも感じられると、骨箱の角を握る手も、ぽッと明りの点いた一点の音を捧げているようだった。
 父の微笑していた顔があたりの闇の中に大きく浮んだ。それは額縁の中の父のようでもあれば、夢に見た動かぬ父の顔にも似ていた。駈け通って行く車内の流れが、ここだけは父のその顔を中心にいま風を切っているのだった。矢代は白布に押しつまって来
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