ーテ派ですが、光を道義と感じる僕らの国の人とは、よほど変った虚無的な、これなら消える筈だと思われる節節多く参考になりました。あなたも少しはそれらも読んでみて下さい。そうしますと、この奇怪な僕の論証も、詭弁の様相をなしつつ、どことなく愛情ある囁きに似た、人間的な一条の真面目な行為の光だということを発見して下さるにちがいないと思います。実際、光に関しましては、むかしからいろいろな学者が自分を瞞著して、沢山な犠牲者を出して来ました。僕はそれが口惜しくて、誰がいったい、僕のこの人間的な物思いを打ち壊くことが出来るかと、じっと見ていたい不遜さえ感じるほどです。福音伝でもこう云います。
『我が好むは憫みなり、犠牲に非ず。』
この言葉は正しい。これを取り巻く悪僧どもが、この真実の憫みを一千年も犠牲にして来ました。あなたも一日も早く、自分の真の光を信じて下さい。幻影の犠牲になどなってはなりませぬ。僕らの中には、光るものもあればこそ、天上から射す光をも受け眺め得られる、おおみたから、という言葉さえ使用されているのです。この冒しがたい、どっしりとした、どこかゲーテに似ている僕らの光の御旨あるところを感じて下さい。そうしますと、それぞれの他国にも、色彩の差はありながら、光るものがあるということも鮮明に浮き上って参ります。これが平和の基本でありましょう。
『すべての邦をしてその所を得せしめよ。』
これは僕らの国のすべての光を集めた父祖の言葉です。何んという細やかで、壮麗な、浸透無端な、光の根元を中に抱いた超越力のある言葉でしょうか。それも太古のむかしから連り、今も変りありません。この現実性をかねた抽象性とも申すべき、これ以上に人の心身ともに救う平安な言葉というものは、ありますまい。この千差万態の変化を許容されつつ、その中に流れた、純粋現象の絶えざる回帰を本願とせられた理想に勝って光る理想が、ありましょうか。もっとも健康な理想のみが不滅であるということは、どこから見ても、一貫した現象世界の根本法則でありましょう。これは疑い得ないことです。繰り返して申しますが、自分の光を浄く信じればこそ、他の国の光をも完全に認め得られるということを強く信じて下さい。これを傲慢になることだと思うような、女女しい思いは夢夢なさらぬように、僕は僕たち日本人ほど他の国国に愛情を瀝いで来た人種もまた少いと思い、ひそ
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