れ通しは私の方だ。しかし、人の人相は戦争でみな悪くなっているので私は字の方を信用する。これなら私はあまり今まで間違ったことはない。
薄雪が沼の上に降ってくる。私は自分の荷物を失うまいとして、人を仏と見ようとしている自分の利己心について、沼の傍の路上を歩きながら、ときには利己心も良いものだと思った。もし私にこんな利己心がなかったら、一生、人をただの人間とばかり思いつづけたかもしれない。それにしても、人間を人間と思うことは誰に教わったことだろう。そして、これがそもそも一番の幻影ではないのか。自分というものが幻影で満ちているときに。まことに、我あるに非らざれど、という馬祖はもうこれから脱け出ている。しかし、私はこの幻影を信じる。二者選一の場合に於ても、つねに私は自分の排する方に心をひかれる小説家だった。たしかに私は賢者ではない。万法明らかに私の中にも棲みたまう筈だのに、私は愚者にちかい。
断《き》り通しの赭土の傍に立って私は火燧崎の方を振り返ってみた。僧兵の殺戮し合った場所は、あのあたりから、このあたりにかけてであろうが、念念刻刻死に迫る泥中の思いにも薄雪はこうして降っていたことだろう
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