ろが二三日前の朝のことだが、どんぶり鉢が炉端で転がる激しい音を立てたことがある。同時に、
「二升|米《まい》食うやつあるか。」と参右衛門は呶鳴《どな》りつけた。
訳を訊くと、次男の二十三になる白痴の天作が、新米に代った日、思わず二升ひとりで食べたということだった。運悪くその前夜久左衛門が来て、大阪の商人で一俵千円で村の米を買ったという話のあった折だった。五円が村の相場となっているときの千円の値は、驚倒すべき事件で、そのときから米価は鰻のぼりに騰って来たが、まだ東京の値など村のものには話せない。
十月――日
出払って誰も人のいない家の中に、拭き磨かれた板の間が黒く光っていて、そこを山羊がことこと爪音を立てて歩いている。追おうかと思ったが私はやめて見ていた。純白の毛が広い板の間の光沢に泛き出し、貴族の館のような品位であたりが貴重な彫刻を見るようだ。蚤と蝿とに苦しめられている時の私には、思わぬひっそりとした朝の一刻の独居だ。誰か歯形を白くつけたままの柿の実が樹に成っている。山腹の木の葉が紅葉しかけている。私は炉に火を焚きつけて湯をかけた。
そこへ、白痴の天作がひとり早く白土工場から
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