いつが困るんだよ。細かい数字のことになると、どうも僕は忘れてばかりだ。」
「でも、そんなに面白ければ、お会いになってもいいじゃありませんか。」
「しかし、夜はこの部屋へは電気が来ないし、眠るとなると、この蚤で眠れたもんじゃない。朝になると、昼まであの爺さんが動かぬし、やっと午後から昼寝の時間を見つけると、これは眠っているんだから、おれの時間じゃない。おれは、もう生死不明だ。生きているなと思うときは、朝起きて、茄子の漬物の色を見た瞬間だけだね。あのときは、はッとなるよ。」
「ほんとに蚤には、あたしも困ったわ。一日だけでいいから、どっか蚤のいない所で眠ってみたいわ。」
 こんな会話を二人でひそひそ洩しているときでも、私たちには今一つ、別の不安が泌み込んで来ていた。それは四月に疎開してきた妻が、僅《わず》かよりない私たちの銀行の預金帳を、銀行焼失のためこちらで他の東京の銀行へ移管させたのが、四月以来いまだに東京から返送して来ないことだった。四月から九月まで、一銭の金銭も取れぬということと、それがまだいつまで続くか不明の故に、一家四人をひきつれて所持金なしの旅の空は、乞食同様で、考えたら最後ぞっと寒気がする。私の持って来た金銭がも早やいくばくもない折だ。この蚤から逃れる方法は、今のところ見当がつきかねる。誰も同様に困っているときとて、他人から借りる工夫もなりかねるこの不安さに対しては、援けなど求めようがない。赤の他人ばかりの中の、その日、その日の雨多いこのごろだ。

 九月――日
 米の配給日――この日は心が明るくなる筈だのに、私ら一家は反対だ。配給所まで一里あって、そこを二斗の米を背負って来ることは不可能である。人夫を頼もうにも、暇のあるものは一人もない手不足だ。駅まで半道、それからまた半道、長男と妻と二人で行く。その留守に私は道元の「心不可得」の部を読む。岩波版の衛藤氏編中のものだが、この衛藤氏は新潟在に疎開中で、そこからときおり夫人が菅井和尚の寺まで見えるとのことだ。道元集も、私が和尚から貰ったもので、和尚も著者から貰ったもの。
「奥さんが先日も来られて、一度でいいから、白い御飯をお腹いっぱい食べてみたいと私に云われましたよ。あの日本一の豪い仏教学者を食うに困らせるとは、何という仏教界の恥だろう。」と、菅井和尚は私に憤慨を洩したことがある。私の妻は蚤に、この夫人は米に
前へ 次へ
全111ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング