くって、本当の徳念をより建てようとしている姿の混乱だと僕は見ています。実際、皆は苦しみましたからね。」
 ふとそのとき、ここは禅寺だと私は思った。禅では殺すことだって救うことではなかったか。自分を木石と見て殺し、習錬する法ではなかっただろうか。そして、日常人と人とが接した場合、日本人の肉体からどんなに沢山の火花がこの禅の形で飛び散ったことかと思った。またそれは無意識の習慣にまでなっている根の深さを思うと、日本人の不可解さはそこにもあると思わざるを得なかった。皆が黙ってしまったとき、
「参右衛門のお神さん、歌を謡ったのは面白いなア、ふーむ、面白いお話だなア。」
 と、和尚はまたそう云って腕を組んで感心した。私はこの和尚はやはりこれは一種の名僧だと思った。

 私一人は今夜の客であったから、皆より一人さきに座を立って帰った。太い杉の参道はまったくの無灯で長かった。柄の折れた洋傘を杖に、寸余も見えない石畳を探り探り降りて行く私の靴音だけが頼りだった。谷間の雪が幹の切れ目からときどき白く見えていた。
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木人夜穿靴去
石女暁冠帽帰
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 こつこつ鳴る靴音から指月禅師のそんな詩句が泥んで来る。夜の靴というこの詩の題も、木石になった人間の孤独な音の美しさを漂わせていて私は好きであった。石畳が村道に変ってからも灯はどこにも見えなかった。雪明りで道は幾らか朧《おぼろ》ろになったが、踏み砕ける雪の下から水が足首まで滲み上り、ごぼごぼ鳴った。

 十二月――日
 廂の日に耀いた氷柱から雫が垂れている。峠をくだって来る雪路に魚売り娘の来るのが見えると、迅い速度でたちまち私のいる縁側へ現れ籠をどさりと降ろした。妻が今夜東京へ発つ長男に持たせるために魚を買っているところへ、火燧崎が来て荷を無事に発送させたと報告した。その荷を逐うようにして午後四時長男が出発する。駅まで送っていった妻が帰って来てから、「もう大変な混雑ですよ。四時のならあなたお一人では帰れませんわ。」という。
 私の出発は荷の着くころを狙って行くのだが、私は朝の一番にするつもりだ。その汽車だと駅前のどこかで前晩から泊っていなければ、駅までの夜の泥路は通れない。

 夜はまた雪が降って来る。半分に荷の減った部屋の中では、子供の寝床も一つ無くなり隙間が一層拡がった。

 十二月――日
 雪が
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