私の母と隣家の母とは同じ死に様をしたのである。それから私はまた無常の風が気になり出した。確かにある。無常の風に吹きつけられると人の血管が破れるのにちがひないと思つた。私は中学時代から地貌と云ふことに興味を持つてゐた。私は旅行をするといつもその土地の岩質に眼をつけた。河原を歩いても砂礫の質の相違によつて河の支流の拡がりを感じるのが面白かつた。しかし今は地貌の隆起に心がひかれる。隆起の相違によつて気流に変化があるのは当然だからである。此の気流と生活と云ふことは余程親密な相関性を持つてゐる。殊に人間の運命とは特にいちじるしい関係があると私は思ふやうになつて来た。人間の意志は気流の為に屈折する。意志は直線形に進行する性情があるが、途中で方向を変化さすのは気流の力が多大である。この法則は私の独断だとは思はない。アメリカの或る地方では東風が吹くと殺人犯が激増するといふ。フエリオの犯罪学には殺人者が殺人をする際、気流の温度の相違によつて忽ち狂人に変化し、殺人が不可能となつて逃亡する実例を上げてある。私の家でも窓の相違で部屋の空気の中に一定の通路が生じ、通路を外れた箇所で碁を打つと後が長く続かずに直ぐ
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