は事実、あることは夢だったのだと思った。そして、梶は自分も少しは彼に伝染して、発狂のきざしがあったのかもしれないと疑われた。梶は玉手箱の蓋《ふた》を取った浦島のように、呆《ほう》ッと立つ白煙を見る思いで暫《しばら》く空を見あげていた。技師も死に、栖方も死んだいま見る空に彼ら二人と別れた横須賀の最後の日が映じて来る。技師の家で一泊した翌朝、梶は栖方と技師と高田と四人で丘を降りていったとき、海面に碇泊《ていはく》していた潜水艦に直撃を与える練習機を見降ろしながら、技師が、
「僕のは幾ら作っても作っても、落される方だが、栖方のは落とす方だからな、僕らは敵《かな》いませんよ。」
 悄然《しょうぜん》として呟く紺背広《こんせびろ》の技師の一歩前で、これはまた溌剌《はつらつ》とした栖方の坂路を降りていく鰐足《わにあし》が、ゆるんだ小田原提灯《おだわらぢょうちん》の巻ゲートル姿で泛《うか》んで来る。それから三笠艦を見物して、横須賀の駅で別れるとき、
「では、もう僕はお眼にかかれないと思いますから、お元気で。」
 はっきりした眼付きで、栖方はそう云いながら、梶に強く敬礼した。どういう意味か、梶は別れて
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